『ギフトショー』
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東京ドームで開催された「ふるさと祭 東京」に行ってきた。
3日間にわたり全国の祭と味を一同に集めるというイベントで、日本テレビと文化放送が全国の商工会などと協力して主催したものだ。
何もイベントをしなければ、ただの空洞空間にすぎないプロ野球シーズンオフのドームに人が集まり、押すな押すなの大騒ぎだ。
ステージの祭も大舞台で晴れやかだが、やはり集まった人たちのお目当ては全国の有名うまいものである。どの店も長い行列ができ大繁盛だった。
こうしたイベントは百貨店の物産展や駅弁大会に大勢の人が集まるのと発想は同じだが、百貨店なら入場料無料なのにここでは入場料ひとり1500円を払っているのだから、ずいぶん高い昼食だと驚くばかりだ。
なんでわざわざ食べ物を買って食べるために入場料を払うのかと思う。
まあそれはともかく企画力しだいでこんなに人を集めるイベントになるのだから、不況と嘆いてばかりはいられない。
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まず写真を見て頂きたい。
この真っ赤な紙を無数に貼付けた「物体」。
中身は実は仁王尊だ。
場所は東京田端。
東覚寺という寺の前の阿吽の位置に、二体の石造りの像がこのような格好で立っている。
数年前道路拡張で石像を移動させる時だけ赤紙を剥がしたが、その時の貴重な写真がもう一枚である。
人々が自分の悪い患部と同じところに貼った赤紙を勝手に剥がしてはならないので、寺関係者さえどんなお姿か知らなかったというから貴重な写真なのだ。
石仏仁王の背銘に「施主道如宗海上人東岳寺賢盛代、寛永十八辛巳天八月廿一日」と刻まれている。西暦1641年より露仏で立っていることになる。仁王は、本来清浄な寺院の境内を悪から守る金剛力士として山門の両側に立ち、仏法僧の三宝を守護するものであるが、この赤紙仁王は当時江戸市中に流行していた疫病を静めるため宗海上人が願主となって建立されたもので、いつのころからか赤紙(悪魔を焼除する灰の色)を自分の患部と同じ箇所に貼って病気身代りと身心安穏を願うようになったという。
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水郷潮来に程近い千葉県の佐原は、現在合併により香取市になっている。
もともと利根川の水運で栄えたこの地は、蔵のある老舗商店が立ち並んでいた。
しかし中心市街地が疲弊する中で、なんとか活性化をはかろうと「町並み保存修景事業」に力を入れてきた。
「水郷の小江戸 産業観光でにぎわいの再興」を共通目標に、地元出身の雄大な富士のような伊能忠敬翁のロマンを育んだ“江戸まさり”、舟運を軸に展開している水辺空間、首都圏・成田空港に近いという地理的条件など、地域資源の発見と気付き・価値観の創出に取り組んでいる。
正月は初詣とからませたクラブツーリズムなどのバス観光客で賑わっていた。
歩くにはやや遠いが、レンタサイクルもあり自転車に乗って市内を巡るのはちょうどよい距離に見所が点在している。
地域の人々は単なる町並み修復だけではなく祭りなど様々なイベントを波状的に行っているし、一流の芸術家はもちろん地元の人々の芸術作品などもギャラリーに展示するといったソフト作りに取り組んでいる点が秀でていると感じた。
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和歌山県の南端白浜空港に降りると東京とはだいぶ気温が違うことを実感する。
ここを訪ねるなら間違いなく2月がいい。
日本全国まだ寒さの中なのに、ここだけは確実に春を先取りした実感に浸れるからだ。
何しろ満開の梅、ウメ、また、うめ、である。
和歌山県みなべ町は全国に知られる梅の町だ。
梅干し専業メーカーの「丸竹」は創業は明治にさかのぼる。
社名になっている丸山竹次郎が創業した。
4代目の山縣久美子さんが社長に就任した平成14年以来、従業員もすべて女性だけという地元でも珍しい会社になった。
「食料品だから主婦の感覚がいちばん大切だと思います。スタッフがみんなであれこれ意見を出し合いお客様にお料理をお出しし、おもてなしをさせて頂く思いで商品に仕立てあげることが当社の強味だと思います。丸竹から生まれた「かぐやひめ」ならぬ「梅むすめ」がキャッチフレーズです」と山縣社長は笑う。
梅干し業界は中国製の低価格商品の流入で厳しい戦いを強いられている。
そうした中にあって丸竹は高級品で勝負するしか生き残れないと考えてきた。
厳選した梅を契約農家から買い付け、秘伝の調味液に漬けて熟成させる。
自然の塩漬けの味の白干しをベースに、かつおやシソなど六種類の味の梅干しを出荷している。
「最近は蜂蜜を入れて漬け込んだ甘い梅が大きく伸びています。ご飯のおかずとしてではなく、お茶受けのお菓子感覚で召し上がる方が多くなったということだと思います。となればスーパーの漬物売り場に頼る販路を変える努力も必要になってきます」
実際、丸竹は大手が強いスーパーなどは避けて贈答市場に力を入れている。
プライベートブランド商品や中国産商品などとすみわけることこそ、小さなメーカーの生き残り策と心得ている。
「大企業だったら市場の縮小は大問題ですが、小さな会社が生き残れないと嘆くほどうちがこれまで高いシェアをとっていたわけではないんです。アイデアと商品の確かさ、こだわりを伝えられればうちが伸びるくらいのすき間はいくらでもあります」と山縣社長は語る。
「梅むすめ」たちが主婦の目線で繰り出すアイデアが成長のカギを握る。
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都内の商業スポットで最近注目される池袋を見てきた。
まず三越閉店後に「日本総本店」と銘打って大型店をだしたヤマダ電機、そして東京メトロが建てたファッションビル「エソラ」、また既存店では西武百貨店のリニューアルである。
何と言っても大変な人出はヤマダ電機日本総本店だった。
あのガラガラだった三越池袋店に取材でよく出かけていただけに,まったくの様変わりにはア然とさせられた。要するに不況で客足が伸びなかったのではなく、三越がだらしなかったということなのだ。
ファッションブランドばかりを追いかけ顧客ニーズに合わない店をつくり、売れないことを不況のせいにしてきたツケが今日の百貨店崩壊の最大の原因であることに、心ある百貨店マンは気がついている。
世の中の売れ筋である液晶テレビ、ケータイ、ゲーム機を買うため、いまどき三越に行く人などいないではないか。
こうした商品をすべて取り揃えたヤマダ電機に人が集まるのは当然なのだ。
次は「エソラ」である。
民営化後、小売業に目覚めたJR東日本に続けと表参道で「エチカ」を成功させて池袋で第2の「エチカ」をオープンさせ、その上屋に8階建てのファッションとレストランの施設を作ったが、これはだめだ。開店ブームがされば閑古鳥の運命だ。
余りにもワンフロアの面積が狭く、各階に収容しているテナントは3店から4店ほど、これでは消費者に選択肢を提供できない。わずか数店みては目まぐるしくエスカレーターで上の階に移動して行くという動線は疲れるだけだ。レストラン利用の客はエレベーターで上層階に直行してしまうから、途中階のテナントは短期で目まぐるしく変わるだろう。
いちばん変わり映えがしないのは西武百貨店だ。
今回は地下の食品売り場の改装だったが、まず店全体で言えば、ボーナス商戦の週末なのに主力のブランド街は目も当てられないほど閑古鳥だ。
不況だというならあのヤマダ電機をどう説明する。
衣料品の売り場もバーゲンを打っているのに人だかりもない。
さて食品だが、惣菜の充実とグループのシナジー効果をあげよ、というセブン&アイ側の要請でプライベートブランドであるセブンプレミアムの売り場の拡充がはかられたが、売上に結び付いたとは言えない。
たしかに価格指向は顕著だが、わざわざ都心の百貨店に来る客はセブンプレミアムに飛びつく人達ではあるまい。
百貨店はあまりの不振の中で自信喪失、自らの客が見えなくなっていると感じた。
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東京ドームに隣接する小石川後楽園に行ってきた。
休日のちょうど2時から始まるボランティアガイドによるツアーに参加できた。
後楽園は江戸時代初期、寛永6年(1629)に水戸徳川家の祖である頼房が、江戸の屋敷の後園として造ったもので、二代目藩主の光圀の代に完成した。光圀は造園に際し、明の儒者である朱舜水の意見をとり入れ、中国の教え「(士はまさに)天下の憂いに先だって憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ」から後楽園と名づけた。
庭園は池を中心にした「回遊式泉水庭園」になっており、随所に中国の名所の名前をつけた景観を配し、中国趣味豊かなものになっていて、これらによって湖・山・川・田園などの景観が巧に表現されている。
今回の見学をなによりも楽しいものにしてくれたのは、ボランティアガイドの巧みな話術だった。庭を作った意図をわかりやすく語ってくれ、また写真や資料のファイルを持参して要所要所で示してくれる親切さが嬉しかった。
庭園のすばらしさもさることながら、説明の巧さも大切な付加価値となる。
全国の観光地を盛り上げる主役は実は人なのだ。
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