« May 2005 | トップページ | July 2005 »

『イタリア村』 6月29日

050629_101137_m_itaria
名古屋の若者に万博以上に支持されているショッピング&エンターテイメントゾーンがある。

四月に名古屋港近くにオープンしたイタリアをテーマにした商業施設イタリア村だ。もともと綿花の倉庫だった地区を所有者である名古屋港管理組合がPFIと呼ぶ民間資本を活用した社会資本整備により再開発した。
敷地面積31101㎡ 30451㎡の延べ床面積に物販53店舗、飲食10店舗を配した。中心のヴェネツィアを模した運河には現地で使われていたゴンドラを使用、船頭も現地採用、看板から電灯まで現地調達にこだわった。物販 はイタリアを中心に高級ブランドのバッグなどを集めた店からカジュアル、雑貨と様々。中でも人気は食品市場『メルトカーレ』は、ワインにパスタにチーズからすぐに食べられるデリカまでいつも人が群がっている。
事業を運営しているセラヴィリゾートはホテルや飲食店を経営してきたが新会社『名古屋港イタリア村』を設立、日本で売れそうなものではなく、イタリアで人気の商品を取り揃えることを原則にテナント誘致や商品の調達を進めている。
イタリア側も名古屋とトスカーナが姉妹都市ななったということもあり、輸出振興という面で協力的だ。

ゴンドラや馬車、カンツォーネの生演奏と ひととき日本にいることを忘れてしまうくらいに『イタリアという名前の風呂敷』で包まれたスペースだが、問題はリピーターだ。なにしろ名古屋中心部からは『下りの果て』と言っていい立地だ。花火大会に結婚式など来場動機づけを工夫しているが、二年目以降どうするか『あえて下らせる知恵』が求められる。

| | トラックバック (0)

『ブラザー』 6月28日

050629_140502_mburaza
名古屋市瑞穂区のブラザー工業が新しく作った企業紹介の場『コミュニティスペース』に行ってきた。
『当社は前期4385億円を売り上げ過去最高となりました。国内の売り上げは700億程度で、ミシンの比率は15パーセントに過ぎません。ファックスにプリンター、あるいは通信カラオケと事業範囲は広がっています。特に欧米では強くアメリカのファックス売り上げはトップシェアです。万博に世界からお客様をお招きしていますので会社を紹介する施設も必要と作りました』水野敏明館長はこう語る。

『ブラザーといえばミシン』という既製概念からすれば、今頃あの会社大丈夫か?と思っている人もいるはずだ。
それが今が最高の売り上げというのだからびっくりする。
『研究開発など一部を残して生産ラインはアジアやアメリカに移しています。当社も80年代くらいまでは大変な時期がありましたが、90年代に入りアメリカでリストラが進みSOHOビジネスで独立起業する人が増えました。ちょうどその頃からファックスやプリンターが大量に売れ始めたのです。販売チャンネルとしてオフィスデポなどの事務洋品系カテゴリーキラーや、ベストバイなどの家電量販、さらにはウォルマートなどにも食い込みました。そしてその成功体験をヨーロッパそして日本へと逆移入しています』

まもなく創業百年、進化する企業のたくましさを感じた。

| | トラックバック (0)

『静岡』 6月28日

日本の商業を考える時、特異な地域がある。それは静岡だ。
ここは地元の商業者が強く大型ショッピングセンターの建設を認めず、コンビニチェーンさえも展開が容易でなく本格的出店を始めてまだ日が浅い。
中心市街地の商店街は健在で近隣の百貨店とうまく共存共栄をはかってきた。
スーパー進出反対でデモ行進まであったというこの地は、地元の商店主たちがただやみくもに大型店の進出をはばんだというだけでなく、アイデンティティ溢れる経営をしてきたからこそ、住民からも一定の理解が得られたのだと思う。
その静岡市内でも近年中にイオンのショッピングセンターの進出が計画されているし、東京への消費の流出も激しい。
いかに静岡らしさを保つか、岐路に立たされている。

| | トラックバック (0)

『資生堂資料館』 6月28日

050628_122420_m_siseido
新幹線の掛川駅近くに資生堂の企業資料館と、美術館であるアートハウスがある。
『資生堂アートハウス』は 1978年に設立され、2002年のリニューアルを機に美術館としての機能を高め、近現代の美術品を収集保存している。銀座の資生堂ギャラリーを会場に開かれた『椿会美術展』や『現代工藝展』に出品された絵画や彫刻が展示されている。梅原龍三郎や林武といった著名な画家の作品1800点あまりが収蔵され、この企業が芸術を大切にしてきたことがよくわかる。名誉会長の 福原義春氏は『企業は文化のパトロンとなりえる』が持論で、その言葉どおり多くの芸術家を育ててきた。

資生堂の歴史は1872年、福原有信が東京銀座に民間初の洋風調剤薬局『資生堂』を創業したことに始まる。その三男信三は欧米で化学と芸術を学んだのちに帰国、1915年初代社長に就任する。 福原信三は『ものごとはすべてリッチでなくてはならない』と述べ上質商品を世にだすことが文化であることを実践した。
また、1916年に意匠部を作り 早くから宣伝広告活動の重要性に注目していた。
東京芸術大学の学生や若手画家たちに広告やポスターのデザインを依頼したことが今日までの芸術家たちとの交流の起源である。

芸術と経済とは車の両輪、共に発展しあうことこそ理想の姿であることをこの会社の社史は記している。景気の良いときだけ思いつきのようにメセナ活動を唱えても景気が悪くなるといつの間にかそんなことを忘れてリストラに奔走する会社がいかに多かったことか。

掛川の企業資料館とアートハウスはなんと観覧料無料で運営されている。

| | トラックバック (0)

『横浜そごう』 6月27日

ミレニアムリテイリンググループの本店にあたる横浜そごうの業績は好調に推移しているが、唯一リニューアルが遅れていたレストラン街が完成し、セレモニーと内覧会が行われ行ってきた。倍賞千恵子夫妻と松沢成文知事のトークショーも行われた。2500坪の日本最大のレストラン街に300坪の庭を作った。
『海と緑の食祭空間、ダイニングパーク横浜』と題して32の店舗を集めた。大阪の老舗和食『大和屋』やグランドホテルのバー『シーガディアンⅢ』をはじめ『にき亭』『すし萬』『美濃吉』など『ハレの食』を演出する店が揃った。またコンシェルジェが顧客ニーズにあった店を紹介する仕組みも導入した。
横浜そごうの10階は横浜駅から考えればもっとも遠いところ、つまり『下り』に位置する。敢えてそこまで行って食事をさせるためには『ハレの気分を演出させる場の設定』が欠かせない。これまでの横浜そごうレストラン街には個店の魅力以上にその意識が足りなかった。
今回のリニューアルはフロア自体にそんな『ハレの空間』を意識させる雰囲気が漂っている。
期待通りのマグネット効果が上がれば物販にも相乗効果がでるだろう。

| | トラックバック (0)

『万博』 6月26日

050626_091028_m_bannpaku
土日を利用して私が主宰する8つのセミナーから参加者を募集しておよそ50人でセントレアと万博のツアーを行った。
セントレアは開港から4か月ではやくも1年分の物販収入があったという説明があった。相変わらずとても空港利用者とは思えない見物客でごった返していた。
また30度を越える暑さの中、万博も大変な人出だったが、私たちは混雑する長久手会場を避け瀬戸会場にバスを着けたのが成功。ほとんど待たずに入場できた。
また瀬戸日本館のライブは秀逸でお勧めであった。

| | トラックバック (0)

『デイサービスセンター』 6月21日

050621_093237_M
9時半、迎えに行っていた三台のワゴン車がお年寄りを乗せて帰ってくる。
長岡市にあるデイサービスセンター『陽だまりの家』の忙しい一日の始まりだ。
ここは民間が運営しているデイサービスと訪問入浴を専門にしている施設である。
来所するお年寄りは一日平均20人、午前中お風呂に入り、余暇活動を楽しみテレビ体操をしてお昼ご飯だ。午後はお昼寝にレクリェーションをしておやつの後また送迎車で帰宅するというのが 平均的な毎日だ。
この他寝たきりのお年寄りをたずねる訪問入浴の利用が月にのべ200件ほどあるが、介護士、看護士など3人のチームで巡回するため人件費コストもかかるうえ、診察の結果入浴できない場合はキャンセルになってしまうなどこちらは民間企業が採算ベースにのせるのはむずかしい面もある。
『お年寄りが増えて介護疲れを感じているご家庭も多く、デイケア以上に宿泊を伴うショートステイを望むご家庭が多いのですが、私たち民間企業が申請を出してもなかなか県や市が認めてくれないのが残念です』と代表者の河野豊実さんは話す。

おそらく介護保険が適用されるため申請者が増えて管理などに問題が生じないかと役所は考えるのかもしれない。
しかし民間企業にはサービスや質が伴わなければ淘汰されるという競争原理が働き、結果としてよい企業が生き残るというメリットもあるはずだ。
社会のニーズに迅速に対応する姿勢が求められている。

| | トラックバック (0)

『歌舞伎教室』 6月20日

国立劇場で開かれている『歌舞伎教室』に行ってきた。
料金も格安に設定し特に学生など若い人に参加を呼び掛けて歌舞伎ファンの底辺の拡大を狙っている。
まず最初に化粧をする前の役者が初心者に舞台や鳴り物、大道具などを説明した上で今日の出し物『毛抜き』のストーリーをパワポで紹介した。

そしていよいよ本番。
素人にはわかりにくい語り口も今日は台本が手元にあるから心配ない。

みんな大満足の表情だった。
どんなビジネスでも初心者を入口でどう取り込むかが大切だ。早く事情通にしてしまえばリピーターになってくれる。
お宅の入口の敷居は高くなっていませんか?

| | トラックバック (0)

『ケータイ買い替え』 6月18日

このホームページの原稿はすべてケータイで打っている。ホームページに限らず最近書いている原稿はほとんどケータイだ。
『商売道具』に投資は惜しむまい、と新しい機種に買い替えた。
今回は「SH901iS」というまだ新発売から二週間あまりという最新鋭だ。
これまで使っていたFOMAは昨年6月に買ったものだから、まだ一年しかたっていないと言うべきだが、「ドコモレディ」にいわせると『一年も!』と驚かれるくらい私は化石のような遅れた存在らしい。
とにかく機能は「昨日」と違うくらい日進月歩なんだそうだ。
そんなにいばるならどこでもアンテナ三本立つようにインフラ整備するほうが先だろ、などと皮肉を言ってはならない。

とにかくまたまた分厚いマニュアルとの格闘である。
せっかく使い方に慣れたと思ったらまた新機種と格闘。これが一年に一度の買い替えでも苦痛なのにもっと短い頻度でやれという商売はやはりどこかヘンだ。しかもあの分厚いマニュアルの機能のほとんどは、一度も使わないうちに次の機種に変えてしまう。
などと愚痴っぽくここまで打つのにこれまでの三倍くらいの時間をかけてしまった。

| | トラックバック (0)

『仙台』 6月16日

IOI損保の仙台支店が顧客取り込みの企業向けセミナーを行うことになり、その発進式に300人あまりが参加、記念講演に行ってきた。
どんよりと曇り肌寒いみちのくは商店街のあちこちに楽天イーグルスの応援旗がはためいていた。
金融機関の淘汰、合従連衡を経て、生損保の保険業務のいりあいも進んで顧客争奪戦も熾烈を極めている。いかに法人企業に経営上の利便性を提供することで関係を繋ぎ止めるかどこも必死だ。
ひところはゴルフや温泉ツアーなどを企画していたが、さすがにこのご時勢それでは社長たちも会社を抜け出せないと「マーケティングセミナー」が増えているようで、私は今月はそんな依頼で東奔西走の毎日だ。

| | トラックバック (0)

『旭川』 6月12日

050612_132030
旭川西武百貨店の従業員セミナーに来た。
夜の講演の前に百貨店内部を視察。
日曜日の昼下がりなのに店内は閑散としている。駅前のこの店は近年売り上げ低迷に悩んでいる。ひとつは札幌駅周辺の商業集積への顧客流出、そして郊外のショッピングセンターとの綱引きだ。
それはさておき、このバスの乗り場はまさにその西武百貨店の真ん前、長い行列ができているこのバスは昨年できた「イオン旭川西ショッピングセンター」が走らせている無料バスに乗る人たちなのだ。
百貨店の店先から郊外のショッピングセンターに行くバスに行列・・・。
皮肉な光景だ。
郊外のショッピングセンターは車利用が多いから駐車場の広さが重要なことは言うまでもないが、イオンの場合全国ほとんどでアクセスバスを無料または低料金で走らせていることも集客のポイントである。
高校生やお年寄りなど車が利用できない人もかなりいる。その人たちをちゃんと取り込めるかは長期的に大きな差となるはずだ。因みにこのバスは無料、乗車時間20分、 高校生とお年寄りで地方都市では考えられないほど超満員だった。

| | トラックバック (0)

『高輪 物流博物館』  6月11日

日本通運が中心となり運営するこんな博物館が品川駅近くにある。
戦後の物流の歴史をテーマにした写真展がいま開かれている。
十分なインフラの整わない中でむかえた高度成長期に、オート三輪を駆使して挑んだ当時の物流の激変期がよく描かれ興味をそそられた。
日常の風景を描いた写真がふんだんに集められているが、これは日本通運の社内誌に掲載されたものだという。
社員とその家族の日々の暮らしを通して、まだ貧しくも若々しく目を輝かせて走り続けていたニッポンそのものが見えてくる。

| | トラックバック (0)

『ゼー六』 6月4日

050604_121531zeroku
「はい!一つ200万円(!?)』
今日も元気な頑固親父の声が響く。
大阪堺筋本町。ビルの谷間のレトロ調の喫茶店は未だにホットコーヒーが180円だ。
この店の人気商品は店頭で二個一組で売っているアイスモナカで、飛ぶように売れる。
200円だがそこはギャグの大阪、ゼー六爺さんはお客に「200万円」といいながら捌いていく。
なにわらしい名物店である。

| | トラックバック (0)

『宇都宮』 6月2日

050601_131115_utunomiya
79軒が加入する宇都宮餃子の会。
当初は、地域起こしの核として知名度をあげていたのに、最近は東京のスーパーでもあるいは餃子のテーマパークでも宇都宮餃子が登場している。
ブランドとしての価値は『わざわざ現地に行かなければ食べられない』というところにあるはず。
たしかに餃子販売だけを考えれば東京に持って行ったほうが売れるに違いない。だがせっかく地域起こしの核にしようとしていたのにそれではただ餃子屋が儲かったという話で終わってしまう。
それさえも長い目で見れば飽きられるだけだ。
地域のソフト作りの戦略不足だ。

| | トラックバック (0)