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『高知城』 8月30日

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数年前訪ねた時と比べて入場者が増えたと実感した。
高知城は『千載一遇のチャンス』を活かそうといま改修工事などを行い『いくさ』に備えていた。

来年のNHK大河ドラマは『功名が辻』。
山内一豊と賢妻として知られる千代とを扱った司馬遼太郎の小説がモデルだ。
この山内一豊が築城し、江戸時代の火事再建以降ずっと天守閣を失うことなく町の発展を見守ってきたのである。
歴史上の人物とはいえ信長や秀吉のように知名度が高くない山内一豊だけに、NHKは自らの名誉回復もあって徹底したホームドラマに仕立て上げてくることは想像に難くない。『おんな太閤記』『利家とまつ』の路線だ。
妻、千代の人気が高まれば、高知城下にあやかりビジネスの花が開く可能性が高い。

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『奥道後温泉』 8月27日

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8月最後の週末、奥道後温泉の一軒だけの旅館「ホテル奥道後」の玄関先に掲げられた個人客名の歓迎看板は僅か数組、客の大部分は団体旅行のバス客だった。
道後温泉は市内中心部から近く利便性はあるものの、風光明媚とは言い難く集客の目玉はあの共同浴場、『道後温泉本館』ぐらいだ。地元では日曜朝市を企画したり、狭いメインストリートを歩行者が安心して歩けるように歩行者天国にしたりとあれこれ考えてはいるが決めてとは言い難い。

その点、道後温泉より5キロほど渓谷に入った奥道後温泉は自然美を楽しめるだけまだ特徴は出しやすいかもしれない。
ホテル内にジャングル風呂に遊園地、また後背の山頂へロープウェイまで通じさせる大規模型レジャーホテルの草分けだが、どの施設も老朽化が進み、今日の少人数単位のグループにあまり評価されていないことは、あの歓迎看板に個人名はわずかで団体ツアーが大半を占めていたことでも明らかだ。

そのためホテル奥道後では、客室を改装し部屋備え付けの露天風呂をつくるなど個人客の掘り起こしを始めている。
温泉旅館は投下資本が大きいだけに顧客の激しいニーズの変化に経営の舵を切るのが大変だと思う。

確かに部屋の露天風呂は気持ち良く快適だったし、山海の珍味を並べた料理にも工夫が感じられたが、個人客は『楽しい時間を過ごすソフト演出、時間という切り口』を求めていると感じた。

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『耕三寺』 8月27日

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まるでエーゲ海あたりの風景を思い起こさせるこの風景。

瀬戸内海の『しまなみ海道』が通じる生口島にある『耕三寺』が造った大理石庭園である。
正直この寺は信仰の場というイメージはない。
博物館として宝物を展示したり、洞窟の中に地獄巡りのコースを造ったり・・・。
しかし神社仏閣と一般庶民との繋がりを深い信仰心という絆だけに限定する必要はないと私は思う。

実はこの寺は、古刹というわけではない。『潮聲山耕三寺』は浄土真宗本願寺派に属するが開山した耕三和上が落飾し得度、僧籍に入ったのは昭和10年のことだ。
和上はもともと鋼管溶接技術者で大口径特殊鋼管の製造会社を設立し成功を収めた。そして母親の安寧を願って建立したのがこの巨大な寺なのである。
書院造りの潮聲閣に五重塔、法宝殿や救世観音など太平洋戦争を挟み三十年あまりを経て建立、本堂には方便法身阿弥陀如来が安置されている。
伽藍建築15棟は国登録有形文化財となっているほか、耕三和上が買い集めた美術品はコレクションとして博物館に展示されている。そして博物館の芸術活動として作られたのが、冒頭の大理石庭園『未来心の丘』だ。広島県出身の彫刻家杭谷一東氏が設計、製作したもので広さは5000㎡に及ぶ。

『しまなみ海道』を旅する人にとって、自然環境以外にこれほどの大規模観光目的地はない。
信仰と観光は表裏一体をなすものであることは、かつてのお伊勢参りや今日の初詣をみれば明らかだ。

『宗教的テーマパーク 耕三寺』はこの地域にとってなによりの存在と感じた。

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『五代路子 ひとり芝居』 8月14日

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横浜赤レンガ倉庫で演じられている五代路子ひとり芝居『横浜ローザ』に行ってきた。
戦後から横浜で外国人相手の娼婦を続け、ついに年老いて死んだ横浜ローズの半生をたどるというストーリーだ。
横浜の地で戦争に翻弄された女の一生を描く着想の良さと赤れんがホールという舞台に相応しい題材は評価できる。
五代の熱演は多としながらも、主人公の年齢の変化による味のだしかたなど、やや単調と思う部分もあった。

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『靖国神社』 8月13日

靖国神社に参拝した。
8月13日、人は多かった。
暇なマスコミが閣僚参拝の写真一枚を撮影するため050813_124953_m_yasukuni
スタンバイしていた。肉体労働でそんな一枚の写真に賭ける知性もない浅はかな職業である。

それはともかく、若い人が「遊就館」の映画や遺品に大勢見入っていたのは新鮮だった。以前も見学にきたことはあったが、その後内容も充実していた。飽きさせず見せる工夫もなかなかのものだった。多少見方が国粋主義に偏っているのは仕方ないとしても戦争を考える材料をこれだけふんだんに提供して、それを真剣に見学する人が多いということに驚いた。

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『クインシー・マーケット』

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ボストンの中心部にある「クインシー・マーケット」は、19世紀に使用されていた倉庫を改造したショッピングモールで、レストランやファスト・フード店など飲食店や、ブティック、アクセサリー・ショップ、インテリア・ショップなど125軒の店が集まっている。
クインシーの名は、ボストンの名市長ジョサイア・クインシー(Josiah Quincy)に因んで名づけられた。
クインシー・マーケットのあるドック広場の周辺は、かつて海辺であり、荷揚場として栄えていたが、そのLastScan6
後の埋め立てによりその役目を終え、治安の悪い場所だった。
しかし、1964年からの再開発事業によって、今ではボストンで最も活気のある場所へと甦った。東海岸で最も賑わっている場所であり、訪れる人の数は、ディズニーランドより多いと言われる。
ここの人気の秘密は、「開放空間」の効果的な活用にある。一つ目が、テナントビル間の歩道の活用。歩道はアスファルトではなく、ボストン・スタイルの石畳とし、ゆっくり散策できるようにデザインされている。
また周辺には、けやきなどの並木が配置され、至る所にベンチや休憩スペースが設けられ、そこで食事を楽しむ人も多い。一方、テナントビル側から見ると、木陰とともに人が往来する姿を見ることができ、ゆったりした気分となる。
二つ目が、テナントビルの両端にある広場の活用。ここでは、大道芸人が得意の芸を披露し、多くの観客を集め、賑わいをかもし出している。
クインシー・マーケットで演ずる芸人は、ボストン市の許可を取っている、れっきとしたプロである。公共の場である広場でのパフォーマンスには、こうした「品質管理」が大切である。それが場を盛り上げ、集客効果を高めるのである。
三つ目が、「キャノピー(張出し屋根)」の活用。わずか四階建てのテナントビルの一階には、必ずキャノピーがついており、店舗と通りとの「中間地帯」になっている。カフェでは、晴れの日には、ここから通りに向かって、テーブルを増設し、逆に雨の日には、キャノピーまでとする。このように天候に応じて、客席数を柔軟に調整しつつ、顧客にとっての「開放感」を維持する。
この開放感が心地よいために、若者からお年寄りまで多くの人が繰り返し訪れる。

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『みくら』 8月5日

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大阪の食品冷蔵専門問屋『みくら』は『食の交響楽』がキャッチフレーズだ。
スーパーなどの棚割り提案などで魅力ある店舗を作ることをサービスの一環にしている。大阪の南茨木近くの交通の要衝にある食品冷蔵問屋『みくら』の物流センターを見学した。
マイナス最低17度を体験、外との温度差実に60度近く。まるで南極と熱帯である。
『みくら』は全国のスーパー、コンビニに豆腐に餃子、菓子にデザートなどあらゆる冷蔵、冷凍品を送る専門問屋でこの分野に関しては取扱高も増える一方、業績好調、とくに小ロットの注文にも応えられる小回りがきく企業だ。

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『福岡アジア美術館』 8月1日

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99年にできた福岡アジア美術館はアジアの現代芸術を集めたユニークな美術館でアジアに開かれた都市、福岡にふさわしい施設だ。
いまここで「大アンコールワット展」が催され人気を集めている。

カンボジアのクメール王朝が12世紀に作った寺院都市「アンコールワット」は王朝の衰退とともにジャングルの闇の中に消えてしまい、1870年に発見されたときには、世界中から驚きの声が上がった。
この地域はヒンズー教と仏教が混在しその時々の王様により崇拝する宗教が変わり、仏像などは破壊されてきた。
ただ破壊を命ぜられても地元の農民はそっといたわって地下に隠すように像を埋めた例もあるようだ。
昨年私は現地を歩いたが、ジャングルの中にかつて大王朝が君臨していた往時を偲びながら、その都市創造の源泉となった富の存在に驚いたものである。

近年カンボジアは観光人気が高まっており、こうした美術展の開催も旅行市場の拡大という意味がある。
イオングループの支援でプノンペン周辺に140校以上の学校が建てられ、子供たちが大変喜んでいたが、まだまだ産業振興に時間がかからざるを得ない。
当面は観光に賭ける国家の事情もある。
私もおすすめの観光国である。

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