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『佐世保』

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全国の地方都市の商店街が衰退するなかにあって、長崎県佐世保市は、アーケードの商店街が比較的元気に生き残っていることで知られる。地元の老舗百貨店とスーパーを核に中小の店がずらりと並ぶ。さらに露店で野菜や花や海産物を売る店も並び、そんな店の主人ほど通行人と活発に会話をはずませるから街に活気が生まれる。

この佐世保にもすでにある郊外型ショッピングセンターに加えて、さらに大きなショッピングセンター開発の話があり、中心市街地の空洞化を危惧する声が高まっている。

私は商業施設が増えることに規制をかけても本質的な対策にはなりえないと思う。
近くのショッピングセンターがなければ、お客は遠くのショッピングセンターに行ってしまうだけだ。
既存の商店街に人気がないことこそ最大の問題なのだ。
どこに行っても代わり映えのしない同じような店、品揃えが飽きられている。

ショッピングセンターとは異なるオリジナリティをどう作ってゆくのか、商店街の創造性が課題だ。

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『ボロ市』

DVC10038_M東京・世田谷に400年前から続く年末年始恒例の「ボロ市」は、12月15、16日の両日と、年が明けて新年の1月15、16日の両日である。
いつもは静かな小路に、この4日間はおよそ700店もの露店が並び、一日20万人以上の人出でほとんど身動きがとれないほどの満員電車並みの混雑となる。
かつてボロ市はボロ布や古着を中心に杵や臼、神棚など正月用品や植木・農耕具などを扱っていた。戦後は一般の祭りの日の参道のように綿菓子やたこ焼きといったものを売る露天商たちが幅を利かせた時代もあった。
この世田谷界隈は日本でも有数の高額所得者が住む地域であり、ボロや古着しか買えないという人たちが住む街ではない。また住民意識も高くいわゆるテキ屋を追放する動きが出て、ボロ市の存続も危ぶまれた時期があった。
ところがそこで奮起したのが地元の商店主たちであった。テキ屋まかせではなく、自分たちが自ら露店を開いたり、アンティークな古いアクセサリー、古時計、古カメラなどを扱う骨董屋たちの出店を促したのだ。飲食店も十勝じゃがバターからおでん、信州のおやきから地元の酒販店が出すワインや甘酒の店、カキフライにモツ煮込みを出す小料理店、フライドチキンやコロッケも地元の肉屋が出店といった具合に手作り感覚とバラエティに富んだ店舗構成になった。
小学校のPTAのバザーの店から、鉄道遺失物の払い下げ品の店まである。
つまりボロ市は「のみの市」として蘇生したのである。
何があるか分からないおもしろさがあるから、わざわざ遠くからでも人がやってくるようになった。
テキ屋中心のボロ市の時には、一般的な祭礼とあまりかわらなかったから近隣の人たちが集う程度だったが、いまや関東一円にボロ市の名は知られ、相当広範囲から人を集めている。
何かどうしても買わなければならないものがあってボロ市に行くという人はいないはずだ。
何かおもしろいことないかな、楽しいことないかな、という「縁日そぞろ歩き風 仲見世冷やかし風」の消費者をとらえた「集客ソフト」になっているのだ。
そしてその担い手たちは、けっして大型店ではなく、地元商店主
たちであることも忘れてはならない。
ボロ市だけではない。
全国でこうした市は大勢の人を集めている。
高知市の「日曜市」もその一つ。
高知市には数年前「イオン高知ショッピングセンター」が開業するなど、郊外に大型店が次々に進出、中心商店街の地盤沈下が指摘されている。
しかし高知城に通じる中央通りで毎週日曜日に開かれる「日曜市」だけは別格の集客力を示している。
もともとこの市は、江戸時代から伝わる300年の伝統をもつもので、野菜や魚といった生鮮品のほか古着から家庭雑貨、さらにはイヌ・ネコ・小鳥といった「生き物」まで売っている。また武士が多かった時代からの名残りで刀剣などの骨董品の店も健在だ。
大小1600軒の店が軒を連ねるが、最近は高速道路の開業により近県からもこの「日曜市」を訪ねてやってくる観光客が増えているという。
一般的な商店街の店なら郊外のショッピングセンターにお客を奪われたと嘆く声も多いのに「日曜市」はちゃんと人を集められるのだ。ボロ市同様に何かどうしてもここで買わなければいけないというものがあるとは思えないが、ぶらり歩きが一種のレジャーとなって遠距離からも人を集めている。ひょっとしたら「日曜市」を見たあと郊外のショッピングセンターも見てから帰って行くという人もいるかもしれない。それでも売っている商品のほとんどは異なるからすみ分けも可能であると思われる。

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『内堀醸造』

岐阜県八百津町にある内堀醸造の新春講演会に行ってきた。
この会社には毎年新春に行って従業員に一年の見通しを話し、励ましてくるのが恒例だが、通い始めた十年前と比べて従業員数は倍増、毎年集まる人の数をみると、この会社の成長がなによりよくわかる。
創業130年というこの会社は近年ずっと二桁成長を続けている。
そのきっかけは小売りへの進出だった。
もともとはマヨネーズなどの原料の酢のメーカーだったが、「美濃の特撰酢シリーズ」などこだわりの家庭用の酢が「いいものを少しだけほしい」という消費者の支持を集め、売り上げを伸ばしてきた。さらに名古屋高島屋を皮切りに樽の酢を量り売りにする「オークスハート」という直営店舗がたちまち全国8店舗に広がり収益に貢献するようになっている。

「小売りをやるようになり毎日多くのお客さんと直接接することができ、顧客ニーズに敏感に反応できる会社になりました。現在長野県にアルプス工場を建設中で、さらなる発展を期しています」と内堀泰作社長は語る。

いまから来年の新春講演会が楽しみだ。

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『仙台駅牛タン横丁』

仙台銀行の新春講演会 300人以上の熱心な聴衆で盛況だった。
ランチはJR仙台駅の牛タン横丁。しかし以前の賑わいはない。
昼どきに空席の目立つ店に入る。
メニューを見てびっくり、以前よりも相当に高いのだ。
BSE騒ぎの影響で軒並み200円から500円は値上がりした印象だ。 出されたタン塩定食に「これで2000円近いの!」と呆れるばかり、寂しい昼ご飯であった。
アメリカからの牛肉の輸入再開で仙台名物は復活するか、見守りたい。

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『大牟田「オギハラ食品」』

私の今年講演初仕事は九州の大牟田であった。
衰退著しい地方都市の中でも、九州の人がいくつか挙げる町の中に必ずと言っていいくらい数えられるのがこの大牟田市である。

そんな大牟田にありながら、しかも市場規模を縮小させている漬物業界のメーカーでありながら、売上げを十年で二倍にしたのがオギハラ食品で、この会社の新年会で記念講演をしてきた。

オギハラ食品は九州名産の高菜漬の専門メーカーである。
創業は大正5年。
最初の頃は漬け物全般を扱う行商からスタート、徐々に地元の高菜漬に生産を絞り込んできた。現在は地元の種を中国に持ち込み、生産指導の上で日本人の味覚にあった高菜をつくり、大牟田の工場で洗浄、味付け、加工をして全国のスーパーなどへ出荷している。
近年のオギハラ食品は逆風に立ち向かうように敢然と様々な挑戦を行い、高菜の単品メーカーでありながら多様な販売戦略を繰り広げてきた。
まず大きな高菜の葉のままでは売れないと、きざみ高菜をいち早く開発。また核家族化をにらみ少量パックに重点をおく作戦にでた。
さらに家庭内需要の減少をどう補うかにも知恵を絞る。
弁当店の惣菜、ラーメン店のトッピング、コンビニのおにぎりの具と提案営業に徹してきた。大手持ち帰り弁当店の具材として、あるいはコンビニの高菜おにぎりとして知らず知らずのうちにオギハラ食品の高菜を食べている可能性は高い。
「現在は、家庭需要に対する売上げとこうした『外食』あるいは『中食』と言われる需要に対する売上げがほぼ拮抗するといういいバランスでいると思います。家庭向けは季節変動が激しいですから業務用がそれを補うという補完関係があります」と、荻原一利社長は説明する。
この業務用需要の拡大はそれまで九州に偏っていた高菜の消費を全国に広め、ブランドを認知させることに繋がった。たしかに東京でもコンビニの「高菜おにぎり」は一般的な商品メニューとして見るようになったし、「高菜ラーメン」も有名ラーメンチェーンに行けば今や定番メニューとして市民権を得ている。
「実はきざみ高菜に力を入れるようになったのは、大牟田産の高菜は葉がほかの地域産と比べて小ぶりで、大きさで比較されたら見劣りがするという事情から始まりました。結果的にはきざみのほうが食べやすいという消費者ニーズにあっていたという幸運もありました」と荻原さんは笑う。
業界の常識ではなく顧客目線が大切という意味でこの話は示唆に富んでいる。
現在オギハラ食品から出荷する家庭向け商品のほとんどはこのきざみ高菜だし、業務用でも同様の傾向がある。
そして昨年発売したのが『金のごまたかな』だ。
健康に良いとされるごまは、風味もよく、またとくに希少価値の金ごまは香ばしいうえ色合いもよい。金ごまとはごまの品種名だそうで、オギハラ食品はこれをわざわざトルコから輸入している。国産の一般のごまを使うよりもコストは倍だが、見た目が金色の高級感とナッツのような香ばしさが味を引き立て評判は上々だ。
「今後の課題は高菜漬をパンなど洋食で、いわばピクルス感覚で食べてもらえないかと考えています。私たちが進出したコンビニのおにぎりを見ても、シーチキンにエビマヨネーズなど一昔まえまでは考えられなかった具材が選ばれ、しかも人気を得ています。新しい食べ方提案でマーケットを切り開かなければ、和食の家庭内消費の減少を言い訳にジリ貧を受け入れなければなりません。生き残りには飽くなき挑戦が求められています」
営業部長の荻原浩幸さんはこう語った。
限られたマーケットで売り上げを伸ばすためには変わる消費者ニーズを掴みいち早く機敏に行動することだ。
規模の大きさより機敏さが勝負になった時、むしろ中小企業の方が大企業よりも舵は切りやすい。
ますます厳しさを増す漬け物業界にあって、オギハラ食品は逆に高いハードルを乗り越えようと意欲に溢れていた。

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