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『光とアート』

トーマス・エジソンが初めて電球を発明したことで、ニューヨークの街は一気に華やかになった。
20世紀は明るく希望の世紀になる、とだれもが思ったという。
ただエジソンの電球はあまり長く持たないという欠点があった。
これを改良し実用性の高い電球を発明したのは松下幸之助だった。
その松下グループが「National」のブランド名をやめ「Panasonic」に統一すると先頃発表した。
「国民みなに電化製品を普及せしめる」という時代から国際的な知名度を生かして海外で稼ぐ会社にならなければならないという決意の象徴だろう。
メーカーが作り出した製品も普及期を過ぎるとあとは文化性が勝負となる。
松下グループもまさに国内需要飽和の中で次なる戦略設定に悩んでいる。

その松下グループの一角、松下電工の汐留ミュージアムで開かれた「あかり/光/アート展」に行ってきた。
壁のスイッチに指を触れれば即座に「あかり」がつく、という手軽に安定したあかりを人類が手に入れてまだ100年ほどしかたっていないのだ。
それまではもっぱらひかりとは火であった。
とくに江戸時代は行灯や燭台をはじめ多様な照明器具が生まれ文化が形成された。
今回の展覧会では、私たちのくらしを彩るあかりの歴史と文化をたどっている。

展覧会を見ながら、生活必需品として大量生産されるようになった「あかり」をいかに個性的な文化商品にするかは、大企業より中小企業の職人の技が頼りにされると感じた。
職人のつくった行灯や燭台が大企業製の照明器具に置き換わり、そしてまた機能よりもデザインに重きをおく職人の技に回帰するターニングポイントにさしかかっている。

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『テーブル覗けば文化が見える』

パリのルーヴル美術館にはなんどか出かけているが、限られた海外旅行の時間の中であの広い美術館をゆっくり観ることはできず、いつも中途半端な思いで引き上げてくる。

だから日本でルーヴルの展覧会があると、あの巨大美術館のダイジェスト版を観るという観点で、あらたな魅力を発見できる。
今回は絵画や彫刻ではなく18世紀フランス宮廷で使用していた生活用品に焦点をあてている。
おそらくモナリザやダビデ見物に追われる現地では、ゆっくり観ることがないジャンルだろう。

18世紀のフランス宮廷では、歴代でもっとも洗練された文化が花開いていた。
ルイ15世の寵愛を受けたポンパドゥール夫人や、ルイ16世の妃マリー・アントワネットら、美を愛する女性たちがサロンを彩り、ロココや新古典主義などの芸術様式が展開する。
宮廷人が特注した装身具や調度品には高価な材料と高い技術が惜しみなく用いられ、フランスの美術工芸はここにひとつの頂点を極めた。

会場にはポンパドゥール夫人が好んだ金銀細工や、マリー・アントワネットの趣味の家具や旅行用鞄などが大量に展示されている。
いつもは年配者が多い会場が、今回は若い女性中心だったのは「ベルばら」ブームの影響だろう。

文化とは上流階級が日常愛したものが庶民の生活に降りてゆく過程を言う。

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『近衛家1000年の名宝』

080217_konoeke東京国立博物館で開かれている「宮廷のみやび 近衛家1000年の名宝」は日本文化の奥深さを知るよいきっかけとなった。

だいたい藤原道長直筆の日記や古今和歌集、小野道風などの書を現物で見ることができるというのも奇跡に近いと思うが、平安以来のこうした名宝を、平安貴族から今日まで続く一家系が守ってきたということがすごいと思う。
まず近衛家の説明が必要だ。
多くの人は昭和初期総理大臣になった近衛文麿の名前は知っているだろう。
実は彼は近衛家の29代目にあたる。
この家系を遡ると、大化の改新で活躍した藤原鎌足に行き当たる。以来平安時代絶頂を極めた藤原道長、頼通など摂政や関白を担ってきた五摂家の筆頭として、天皇家とともに時代の荒波をかいくぐり、今日まで続く。
その歴史を物語る重要な文書、記録、宝物を保存継承するために文麿が1938年陽明文庫を設立した。
今回の展覧会はその70周年を記念して企画されたもので、道長直筆の「御堂関白記」や平安朝屈指の古筆の名品と言われる「倭漢抄」をはじめ日本の1000年の歴史をたどるさまざまな作品がたっぷりと展示されている。

かなり足早に回ったつもりだったが2時間半を費やした。
時間があれば一日かけて1000年の歴史を歩くことができる。

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『初参加、カメラ講座』

080212_begoniaenn外は氷雨、しかし温室の中はベゴニアが満開。
箱根のベゴニア園である。
わざわざここまでやってきたのは、旅行会社「クラブツーリズム」が行っているサークル活動のひとつ「初めての一眼レフカメラ講座」に参加、第一回の実習がここ箱根ベゴニア園となったからだ。

すでに何回か書いたように、「クラブツーリズム」は中高年のリピーターをがっちりとつかんで急成長してきた。
これから増える一方のこの市場は、学生向け旅行商品のように低価格であることは決め手にはならない。
中高年は金がなければ、旅行など行かなければいいのだ。
だからいかに楽しい旅行を企画するかに浮沈はかかっている。
そしてなにより楽しい旅の第一条件は「気のおけない旅仲間の存在」である。
今回のカメラ講座はそのサークル活動のひとつであり、実際にどんな展開になるのか体験するために参加した。
今回のクラスは15人ほど、やや女性が多いか、という構成だ。
平均年齢は60代、男性は平日のサークルだからみな定年退職組だ。
先生は著名な登山写真家で、この先生の丁寧な指導を慕ってのリピーターが圧倒的、「初めての講座」というタイトルにも関わらず、初めての参加は私ともうひとりだけだった。
今回のクラスは全6回。
ベゴニア園で撮った写真を次回それぞれ持ち寄り検討会。
撮影会はあと2回予定されている。
小旅行でみんな仲良くなり、一緒に本格的な撮影旅行に行きましょうとなるようだ。

まさに旅は道連れをクリエイトするクラブツーリズムの真骨頂である。
また、追って報告したい。

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『日本とヨーロッパとの絆』

080208_maisenn鎖国の時代、日本と交易が許されたヨーロッパの国はオランダだけ、という知識はどうやら間違いだったようだ。
京都国立博物館で開かれている「憧れのヨーロッパ陶磁器展」に行ってきた。
たしかに窓口はオランダ一国でオランダ船による交易だったかもしれないが、実際にはイギリスやドイツ、デンマークなどの陶磁器も一緒に輸入されていたことが文献や陶磁器が収められていた箱の記載から明らかになっているという。

また日本の有田焼や瀬戸焼などが欧米の陶磁器に影響を与え、さらにそのヨーロッパ陶磁器が日本の陶磁器に影響を与えるという循環があったこともわかった。
飛行機もない時代に地球半周も離れた土地で、お互い会ったことも話したこともない陶磁器職人が触発しあっていたというのも興味深い事実である。
マイセンやロイヤルコペンハーゲン、ウェッジウッドといった名前が江戸から明治にかけて日本でも知れ渡り、ヨーロッパの万国博覧会に技術獲得のため日本から調査団が出掛けていたということも私は今回初めて知った。
お互いへの憧れから切磋琢磨し、技術の進歩に繋がったというすばらしいドラマがそこにはあった。

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『冬に客寄せ、京都マーケティング戦略』

080208_chioninn1_2 「寒いですねえ」
「いや、そうでもないんとちがいますか」
京都のタクシー運転手は会社から、お客に寒いと言ってはならないと教育を受けている。

冬の京都は観光客誘致が難しい。
080208_shionninn2_3観光産業で成り立つ経済だけに、オフシーズンは痛い。
「盆地で底冷えがする」というイメージを払拭させねばならない。
近年は日本より寒い韓国や中国からの観光客が元気に動きまわっているからありがたいお客さんだ。
官民あげてのオフシーズン撲滅作戦が「冬の京都観光キャンペーン」である。
この時期だけの特別拝観やイベントを集中させ、冬の観光客を少しでも底上げさせようと企てる。
今年の主役は知恩院だ。
知恩院の三門は世界最大規模を誇る。
高さ24メートル、幅50メートル、屋根瓦はおよそ70000枚に及び木造の門としては世界最大規模となる。楼上内部には宝冠釈迦如来像と十六羅漢像が並び、柱や天井には極彩色の天女や飛龍を描いている。
ここに期間限定で上ることができるのだ。
このほか知恩院では、今回の特別展示で重要文化財で美しい造形美と天井画で知られる「経蔵」や1530年に再建された知恩院最古の建造物で法然上人臨終の場などある「勢至堂」が公開されている。

他に東寺の五重塔や六波羅蜜寺など「オール京都」で寒さに立ち向かう。
なにもしなければ不況なのだ。

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『日本を歌い続けたい』

白い帽子を被りミニスカートでデビューした14歳の少女歌手石川さゆりが、この1月30日に50歳になった。

歌手生活35年記念コンサートに行ってきた。
森昌子、山口百恵とホリプロ三人娘として売り出そうとしたが石川だけヒットがなく、いつのまにか桜田淳子に代わり花の中三トリオが人気者になる。
石川は同期の活躍を横目に高校に通いながら、いつかヒットが出ることを夢見ていた。

デビューから15枚目に「津軽海峡冬景色」に出会い、「能登半島」と続き、以来息ながく35年歌い続けた。
紅白出場連続30回、昨年も大トリを務めた。
いま同期は誰も紅白に出ていないことを思うと、人生はわからないものだとあらためて思う。

石川さゆりは「日本を歌い続けたい」という。
それは私がいう「日本文化こそ商品」という考え方と同じだ。
今回のコンサートで彼女は講談師に扮し、扇子片手に自分の半生を語ったがその軽妙洒脱さに大変な才能を感じた。
昨年のコンサートでは一人芝居を演じて芸術祭賞を受賞している。
落語に三味線、あげくの果ては長崎ぶらぶら節で芸者姿で土俵入りまで演じるという芸達者ぶりだ。
さらに作家水上勉の小説「越前竹人形」「飢餓海峡」を題材にした歌を歌うほか、北海道から奄美大島まで地域をテーマにした持ち歌が多いのも特徴で、まさに「日本を歌い続けたい」という考え方が貫かれている。

地域の活力のなさが指摘される中、彼女の歌により、地方にスポットが当たることはなによりの『集客ソフト』である。
ハッピーバースデー。
そして同じ世代で地域活性化をライフワークとしている私は同士として、熟年時代を充実して過ごしたいと感じた。

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