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『幻の寺、西大寺』

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2008_022908020127※写真 西大寺本殿(左) 東塔の跡(右)

真言律宗総本山、西大寺に行ってきた。
東大寺や法隆寺など奈良の社寺の中で、西大寺という寺をわざわざ訪れる人はそれほど多くはないようだ。
近鉄線の京都線と大阪線が交差する「大和西大寺駅」から歩いて数分だから出かけるにはたいへん便利なところだ。

この寺の由緒はたいへんなものだ。
創建は奈良時代。
764年に称徳天皇が鎮護国家と平和祈願のために七尺の金銅四天王像の造立を発願されたことに始まる。造営は780年頃まで続き、薬師、弥勒の両金堂をはじめ東西の塔などを含め境内の規模は実に48ヘクタールにも及び、東の東大寺に並ぶ官大寺だったのだ。
では、なぜそれほどの寺が以後隆盛を極め全国から参拝の人を集めるようにはならなかったのか。
それはこの寺の悲劇の歴史とも関係する。
戦乱と相次ぐ火災により、五重塔をはじめとする大伽藍の数々を失ってしまったのだ。
たとえば塔は東西の塔ともに平安時代に焼失、東塔は藤原後期に再建されたが、再び室町時代に焼失している。現在は基壇や礎石が残るのみだ。
荒れた寺も、その後鎌倉時代の半ば頃になって、興正菩薩叡尊がこの寺に入って復興にあたり、創建当初とは異なる真言律宗の根本道場として伽藍を整備していった。

この冬、JR東海がこの幻の寺に行ってみようというキャンペーンをしたことで、関東地方などからも見学者が急増したという。
長い間、宗教関係者やよほど奈良に詳しい観光客だけの知る人ぞ知るという寺に、スポットライトを当てることで、新しい魅力を訴えることができるのが観光キャンペーンの面白さだ。
寺の価値は以前と少しも変わらないのに、マーケティング力一つで大きな付加価値をつけることができるのだ。

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『団塊夫婦 満員御礼コンサート』

「加山雄三、古稀コンサート」が開かれた横浜県民大ホールは、満席。その顧客構成はまさに「団塊夫婦」だった。
私が加山雄三コンサートを見るのは6年ぶり。
私の記録では6年前は7割以上が女性のグループ、当時50代後半の団塊の女性だった。
つまりこの6年でコンサートに足を運ぶ男性(おそらくその女性のご主人)が増えたと思えるのだ。
まさにこの6年の間に定年を迎えたのが団塊男性だ。
時間的余裕ができたご主人が奥さんと連れだって、自分たちの世代と青春時代を共有した「若大将」に会いにきたと、私の目には映った。

JR東日本の「大人の休日倶楽部」のコマーシャルを担う吉永小百合と並び、加山雄三も年齢は団塊の世代より上だが、憧れのスターとして見上げるには相応しい存在だったのだ。

加山雄三の結婚は1970年。
彼の話によると、エルビス・プレスリーやビートルズにも直接会ったことがあるという。
まさにこんなコンサートトークも観客にはぴったりだ。
今回のコンサートではスクリーンに、18本に及んだ若大将シリーズの映画のハイライトシーンが映しだされ、挿入歌を歌う20代の加山と、舞台上の70歳の加山がコラボレーションで歌うという企画が喝采を浴びた。
まさに団塊の青春ラプソディといえる光景だった。
また古稀のお祝いメッセージをスクリーンで届けたのは、森山良子、さだまさし、南こうせつ、谷村新司と、みなフォークソング世代であり、団塊の世代と価値観を同じくするアーティストであったことも印象的だった。

団塊の世代は時間とそこそこの小遣いをもち、週末夫婦で懐かしい歌をコンサートで楽しむ世代である。
ここにマーケティングのヒントがある、

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『ソフトを入れ換えなければ廃れる』

080224_140945080224_142945祭りを始める初期の段階で関わっていたため、毎年この時期開かれる「佐賀城下ひなまつり」がどんな様子か気になって見に行く。

期間中およそ5週間で10万人近い集客となっているからまあ成功、と地元では見られている。
最初の1、2年は展示会場以外の商店はうちとは関係ないと非協力的だったが、集客力を見て、旅館や料亭が雛御膳を競って出すようになったし、菓子メーカーが多い土地柄みやげ用菓子の販売に声をあげたり、店の軒先に雛段を飾ったりとようやく重い腰を上げてきたことは一歩前進ではある。

しかし私は逆に衰退の匂いが気になった。
飽きられだしたのだ。
今のままではもう一度行ってみたいとは思わないだろう。
それはただ毎年展示物を変えればいいというレベルの話ではない。
現在のひな祭りの基盤の上に、新しい『集客ソフト』を考えなければいけない時期にきているということだ。

ひな人形は動かない。動きがほしい。
パレードだ。
つまり人間お内裏様やお雛様、五人囃子などを事前に公募し、選ばれた大人ひなグループ、子供ひなグループがコンサートをしたり街中を練り歩いたり。
一部の人だけが関わるのではなく、多くの人が参加するイベントに脱皮しなければならない。

人を集めるのはハードではなくソフトだということを主催の行政が理解できるかにかかっている。

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『中高年最高暇つぶしイベント「世界らん展」』

080227_ranten2東京ドームが野球ファンとは対極にありそうな中高年女性を中心にした人達で埋め尽くされる。
この時期恒例となった「世界らん展2008」の会場である。
グラウンドは大きく太陽、土、水、風の4つのブロックにゾーニングされ、大賞はじめ各賞受賞の花を中心に数十万のらんの花が、彩り豊かに展示されている。
また三塁側スタンドには特設舞台が作られ、日替わりで「きものショー」や「假屋崎省吾トークショー」といった催しが行われる。

いまや「らん展」はドームビジネス最高のソフトになっている。
ドームとは最初だれもが屋根付き野球場だと思っていた。
しかし一年のスケジュールで野球が行われる日は半分にも満たないのだ。
残りの日程をどうやって埋めるかで収益が大きく変わってくる。
コンサートに輸入車ショー、見本市や物産展など年間スケジュールはぎっしりだが、まだ外が寒いうちに南国の花が見られる「らん展」は数多くある『集客ソフト』の中でも一級品で、遠方からの団体客も呼び込んでいる。

札幌ドームができて、東京、名古屋、大阪、福岡とソフトの使い回しネットワークが完成したこともドームビジネスには大きなメリットを生んでいる。080227_ranten


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『静岡で遠くバーミヤンに思いを馳せる』

過激派イスラム勢力タリバンによって破壊されたバーミヤンの仏教遺跡。
遠い国の話のようにも思えるが、シルクロードの東西交流のなかで我が国にも多大な影響をもたらしてきた仏教文化としてとらえると、けっして他人事ではない。
静岡県立美術館で開かれている「ガンダーラ美術とバーミヤン遺跡展」は仏教を通して日本が大陸といかに密接に関わってきたか、そしてバーミヤン遺跡保護のために日本人がするべきことの意味を問い掛けている。

この展覧会のユニークさは、音楽家であり、かつて「ガンダーラ、ガンダーラ」のフレーズの曲を歌い人々に親しまれたゴダイゴのタケカワユキヒデさんが、いにしえの音楽を再現、音とともに仏像を鑑賞して欲しいと提案していることだ。
会場にセットされたスピーカーから、仏教誕生当時の二、三世紀頃に奏でられていたと考えられる音楽など展示品に合わせた音楽が流れている。それをBGMに仏像鑑賞をすると、なるほど時空を越えてその時代にタイムスリップした感じがでてくる。とかく単調になりがちな仏像の展覧会にアクセントをつける工夫として面白かった。

会場ではビデオライブラリーやパネル写真などでバーミヤン遺跡の価値や往時の姿、そして爆破の様子、破壊後の惨状が詳細に示されている。
平山郁夫さんをはじめとするボランティアの人たちが、遺跡の保護、復元に尽力している様子も紹介され、人々の関心を呼び起こす契機となる展覧会だと感じた。

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『資生堂アートハウス』

080219_135758掛川にある資生堂アートハウスに行ってきた。
入場料無料の美術館である。
若い頃の画家たちにとってパトロン、あるいはスポンサーたりうる企業や資本家の存在は欠かせない。
資生堂が古くから付き合ってきた芸術家たちが、化粧品会社にとって大切な広告宣伝の仕事でその役割を果たしてきたことが、このアートハウスとそこに隣接する企業資料館を見るとよくわかる。

資生堂だけでなく、ポーラやメナードといった化粧品会社がそれぞれ美術館をもっているのもこの業界が美術と深い関係をもってきたことの証だろう。

掛川は東海道新幹線の停車駅とは言っても、地元の人が出かけるには便利であってもわざわざよその地からここに人を呼び込む観光資源が潤沢という地ではない。
その中にあって、資生堂アートハウスはつま恋や、掛川城二の丸美術館などとともにこの地域の貴重な観光資源である。
新幹線の車窓からも見えるというのも強味だ。

静岡県は熱海のMOA美術館、三島のクレマチスの丘、静岡県立美術館、浜松楽器博物館にこの掛川の資生堂アートハウスと、新幹線停車駅に一見の価値がある美術館が並ぶ。
なにより富岳三十六景や東海道五十三次の浮世絵で描かれた舞台も多い。
それらをまとめて売り出す観光戦略があってもいいのではないだろうか。

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