« July 2008 | トップページ | September 2008 »

『水かけ祭り』

080817_132137江戸の三大祭りの一つとされる深川、富岡八幡宮の例大祭、通称「水かけ祭り」に行ってきた。
地下鉄「門前仲町」駅の一帯は交通規制が敷かれ、大勢の見物客がぎっしりと道路際につらなっていた。
江戸時代、菅原道真が彫ったとされる八幡の神像を江戸に安置する場所を探した結果、ようやく見つけた祠がこの富岡八幡宮の起源とされる。その後、深川は木場や問屋が集中し日本橋に迫る経済力を背景に大いに賑わった。

八幡祭りのシンボルは近くに隠居していた豪商、紀伊國屋文左衛門が奉納した総金張りの巨大神輿で、永代橋がかかって神輿が霊岸島まで渡御するようになると祭礼の人出は急増、ついに文化4年の本祭りで永代橋が人の重みで崩れ落ちる事故が起き、幕府は以後神輿渡御を禁止するという騒ぎになった。
なぜこれほどまでにこの祭りに人気があったのか。
神輿行列自体に粋な鳶職人の本遣りが加わったり、辰巳花街芸者の手古舞が繰り出すなど華やかだった。
その辰巳芸者が神輿と担ぎ手に水をかけるので「水かけ祭り」とも呼ばれるようになったという。

幕府の禁止令が解けて大神輿が担げるようになったのは明治維新後で、深川の夏祭りは東京最大のイベントとなったものの、関東大震災で大神輿をはじめとする多くの神輿は焼失してしまった。
深川の祭りの活気がもどるのは戦後昭23年のことである。
ただあの紀伊國屋文左衛門の大神輿だけはもはや甦らないと思われていたのだが、平成3年かつての大神輿に勝るとも劣らぬ「一の宮神輿」が佐川急便会長だった佐川清氏から奉納された。
重さ4、5トンの日本一巨大な神輿はあの因縁の永代橋から陸揚げされ3000人による初担ぎが行われたが、あまりに大きく重たいためとても渡御はできないと、現在は境内に飾られているのみとなっている。

バケツだけでなく消防ポンプまで登場する豪快な水かけ祭は、いまもって「下町の華」と表現するにたる派手なイベントだった。

|

『ここに「大木」がたつ』

080803_tawar7月に着工した「東京スカイツリー」の工事現場である。
東武線で浅草から各駅停車で一駅目。隅田川を渡ってすぐの「業平橋」のホームから撮影している。ここに2012年春、世界一のタワーが完成する。
いまは閑散としているこのあたりが一躍脚光を浴びることは間違いない。

もっとも近い駅「押上」は、成田空港に繋がる京成、世界遺産日光と外国人人気ナンバーワンの街浅草とを結ぶ東武、羽田空港に通じる都営地下鉄、さらに都心につながる東京メトロ半蔵門線と実に4線が結節する。これは銀座、表参道にも匹敵する駅なのにこれまで乗降客はきわめて少なかった。
それはこの駅に降りる必然性がなかったからだ。

しかしタワーができれば事情は一変するはずだ。
まず地デジ放送PRのためにテレビ局はこぞってこの新名所を紹介する。
また増える一方の外国人観光客にとって「高い所」が最高の観光ポイントになることはエッフェル塔、エムパイヤステートビル、上海電波塔などを見れば明らかだ。
またロケーションもいい。交通の便もさることながら、いまでも外国人が好む浅草、両国、秋葉原といった観光スポットが近いことも忘れてはなるまい。

2012年、東京の地図は重心が隅田川「川の手ライン」に移動するはずだ。

|