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『阿修羅展』

090920_asyura東京の国立博物館の阿修羅展もすごい人出だったが、それを上回る人気なのが九州国立博物館での阿修羅展で、会期末が迫ったシルバーウィークの休日は、実に5時間近い待ち時間となった。
あまりの行列に諦めて帰る人も多いようで、隣接する太宰府天満宮の参道も人でごった返していた。
福岡の中心部から小1時間ほど、人を下らせる仕掛けは、阿修羅像を背後からも含め360度の方角から見せる工夫だったわけだ。

奈良時代からある仏像の霊験あらたかである。

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『鳩山会館』

090918_152211_3090918_153234_3旅行会社のツアー客まで来るようになって千客万来だ。
文京区音羽の「鳩山会館」は、いま東京でもっともトレンディーな場所なのかもしれない。
小高い丘の上に建ち、静かな洋館にはあちこちに鳩の飾りが見える。
鳩山和雄、一郎、威一郎そして由紀夫、邦夫と続く政治家一族が住んだこの家は現在修復され、遺品が展示公開されている。

祖父が作った自民党政権を壊した孫。
日本の戦後政治史を理解する上で貴重な学習の場所である。

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『ららぽーと新三郷』

090916_112557JR武蔵野線「新三郷」駅直結、常磐自動車道三郷インター至近という好立地に「ららぽーと新三郷」がオープンした。
敷地面積85000平方メートル、店舗面積59400平方メートル、店舗数178店でイトーヨーカ堂、ニトリ、H&M、ZARA、ユニクロ、アカチャンホンポなどのほか、ボウリングやカラオケなどさまざまなエンターテイメントがそろった「ラウンドワンスタジアム」、「きかんしゃトーマス」の屋内型テーマパーク「トーマスタウン」、「よしもと遊べる水族館」なども入り、これまでのショッピングセンターとひと味違う構成を意識している。
わずか2駅しか離れていないところに、昨年オープンしたばかりの日本一のスケールを誇る「イオン越谷レイクタウン」があるだけに競合が懸念されるが、私が見る限りショッピングセンター同士はうまく棲みわけてはいるものの、個店レベルでは同じショッピングセンター内にライバルを抱えており勝ち負けがはっきりでるかもしれない。
例えば「ニトリ」は隣接する「IKEA」と競うことになる。
「イトーヨーカ堂」はやはり隣り合わせの「コストコ」と厳しい価格のせめぎあいをしなければならない。
アパレルにいたってはもう競合店同士がズラリと並ぶ。
そうした中で私が注目するのは京王百貨店だ。
決して広い店ではないが、電鉄系百貨店が全く土地勘のないところにショッピングセンター初出店した。
京王百貨店は中高年婦人に圧倒的な強味をもつ。
ショッピングセンターは店はたくさんあっても、若い人やファミリーの品揃えが中心だから、あえて百貨店の中でも京王百貨店が入った意味は大きい。
得意な分野に特化すれば異彩を放つかもしれない。

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『丸の内パークビル』

三菱グループの丸の内再開発計画の中で、重要な位置を占める建物がオープンした。
「三菱1号館」の復元とそれに隣接する「丸の内パークビルディング」である。
東京駅前の丸ビル、新丸ビル地区から日比谷のペニンシュラホテル東京に通じる丸の内仲通りを、長い一つのモールととらえて三菱地所が再開発を行ってきたが、今回オープンした「丸の内パークビルディング」はそのちょうど中心に位置するものだ。

明治27年1894年に竣工した「三菱1号館」は、英国人ジョサイア・コンドルが設計したもので、赤煉瓦造りでイギリスビクトリア時代のクィーン・アン・スタイルと呼ばれる重厚な建物だった。
その後、明治40年代以降丸の内界隈には似たようなオフィスビルが相次いで建設され「一丁倫敦」と呼ばれた。
しかし戦後煉瓦造りのビルは姿を消し、「三菱1号館」も昭和43年に取り壊された。
1998年以降、三菱地所が丸の内再構築計画を実行に移す中でレトロな建物の復元がテーマとなり、これまでも日本工業倶楽部会館や明治安田本社ビルの建設で旧ビルの復元や保存が行われ、丸の内の重要な観光資源として再評価されるようになっていた。
そしてこのほどもっとも建築的価値が高いとされ、日本の近代的オフィスの原点である「三菱1号館」も再現、美術館として丸の内のシンボルとなる位置を占めることになった。
「三菱1号館」とオフィスとショップ、レストラン街で構成される「丸の内パークビルディング」との間の空間は緑豊かな公園スペースとなりオフィス街の休憩スペースとして人気を集めそうだ。

大きなショッピングモールという位置づけの丸の内が、ビジネスとは違う人々を集める役割を担おうとしている。

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『スカイツリー 100メートル』

090829_103346カメラを抱えた人々が増えてきた。
墨田区押上に建設中の東京スカイツリーが、次第に威容を現しつつある。
すでに高さ100メートルを超えた。
もっともまだ6分の1、最終的には610メートルと世界一、現在の東京タワーのおよそ6倍の高さになる。
浅草寺にお参りすれば、境内からその偉容を仰ぎ見ることができるようになる。
現在でも東京でもっとも外国人観光客を集めているのが浅草であることを考えると、この地区がさらに一大観光地として発展することは間違いない。
さらに墨田区、台東区、葛飾区、江戸川区、足立区など、都内では比較的地価が安かった地域にタワービューのマンション建設ブームがおきることも考えられる。
山の手に対して、隅田川を挟んだ川の手開発が大きくクローズアップされるはずだ。

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『浅草サンバカーニバル』

090829_131349夏の風物詩「浅草サンバカーニバル」に行ってきた。
浅草は昔も今も集客ソフトにかけては天下一品だと思う。
初詣に始まり、三社祭りにほおづき市、花火大会からこの夏のサンバカーニバル、暮れの羽子板市と一年を通じて人を呼ぶ仕掛けを用意している。
かつて日本一の盛り場と言われた浅草は、昭和30年代後半から40年代にかけて賑わいの中心がほかの地域に移る中で、当時の内山台東区長と浅草喜劇俳優の伴淳三郎さんが浅草の新しいイメージをつくるものとしてブラジルのサンバカーニバルを浅草のお祭りとして取り入れることを提案した。
これをきっかけに浅草の商店街連合会が中心になり今日のサンバカーニバルを作り上げた。
全国から参加するサンバチームのパレードを見ようと猛暑の中、馬道通りから浅草通りにかけて人でぎっしりと埋まった。
伝統ある街でありながら新しいものを積極的に取り入れる浅草の集客ソフトとして、サンバカーニバルは一大人気イベントに成長している。

不況だと萎縮するのでなく、新しいイベントを考えださなければジリ貧になってしまう。
無から有をつくれば無限大であることを肝に銘じなければならない。

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