『ユニクロで高島屋再生?』

「新宿高島屋にユニクロが入り人気です。これで景気回復、百貨店も春ですか」
新聞記者からの質問。
「相変わらず高島屋は目先しか考えていない。これで百貨店再生はまた遠のきましたね」
これが私の答だ。

以前まだ百貨店が元気だった頃、伊勢丹本店にGAPの繁盛店があった。
当時の店長はこのGAPに出ていってもらう決断をした。
「GAPのお客は伊勢丹のお客様ではありません」
私は拍手喝采した。
この考え方こそ百貨店再生の本道だろう。
百貨店最大の問題は、その百貨店にしかないもの、あるいは百貨店が提案するライフスタイルがなくなってしまったことにある。
昔は「高島屋的生活提案」がファンを集め、一方に伊勢丹ファンや三越ファンがいた。
しかしバブル期以降、「HERMES」や「LOUIS VUITTON」などラグジュアリーブランドを並べることこそ百貨店の姿と勘違いしてしまった。
銀座や表参道にそうしたブランド直営店が軒を連ねるようになれば、もはや百貨店にどうしても行かなければならないということはなくなってしまう。
いまそうしたブランド人気が一巡し、今度は「いま流行りのユニクロというブランド」を入れただけのことで、高島屋らしさを買いに来た人たちが群れているわけではない。
だいたい新宿だけでもユニクロは5店ある。
「高島屋のユニクロ」にしかないものなどないから、マスコミ騒ぎが治まればわざわざこのユニクロに行こうという人は限られる。
高島屋がユニクロに頼るのは、大きなテナントから安定した家賃収入を得たいというだけの浅はかな根性、店長が自分の任期中に家賃収入を落としたくない、というみすぼらしいサラリーマン根性のなれの果てで、こんなことをやっていたらダメだという意見が社内で出ないことこそ、百貨店業界の内部崩壊の証拠とみる。

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『日本国のセールスマン』

高度成長の前期、池田勇人総理大臣は「トランジスタのセールスマン」と言われた。
いまこの国の問題点は「日本国のセールスマン」がいないことにある。
日本はモノつくりの国、技術大国の国を自負してきた。もちろん「理科」が得意なことは大いに結構なのだが、「理科さえ得意ならば売れるに決まっている」と過信していなかったか、と私は思う。

戦後の日本は、技術大国アメリカに対して低品質の商品しかつくれないという屈辱の中からスタートした。
繊維から始まり、二輪車、白黒テレビなどから少しずつ評価を高め、ついにエレクトロニクスや自動車など高度付加価値商品の分野でも世界一の品質水準が認められるまでになった。
高い技術力は日本のブランドとして世界から垂涎の的、となった時、顧客のニーズを掴んだ商品こそ売れるのであって、必ずしも技術水準が高い商品がもっとも売れる商品とは限らない、という当たり前のことを忘れてしまったのではないかと思う。

日本より経験も浅い韓国の原発が大統領自らのトップセールスで中東からの受注を勝ち取ったり、欧州の新幹線があちこちで商談を成立させているのを見るにつけ、日本には価格だけでなく顧客ニーズを捉えたプレゼンテーション力が不在だという気がしてならない。
その最たる例が「ガラパゴス化」と言われる現象だろう。
技術は高度化、でも客はそんな商品望んでいない。
一技術者、一メーカーの話ではなく日本自体がそんな唯我独尊的症候群に陥っていると思う。
発想の転換が求められる。

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『アウトレット人気は?』

開業から5年あまり、新千歳空港近くのアウトレットモール「レラ」に行った。
ちょうど新テナントへリニューアルするタイミングということで閉店だらけ。
たまたま休日だったから駐車場はクルマがあふれ集客はそこそこなのだが、実際にモノを買っている人は多いとは言い難い。
とくにラグジュアリーブランドが集まる一角は以前ならアウトレットにとって魅力あるゾーンのはずなのだが、店内はおろか店の連なるエリアに人が寄り付いていない。
ブランド離れはアウトレットにおいてさえ顕著なようである。
子供達を遊ばせる遊戯施設やフードコートは賑わっていたが、アウトレットだからというだけで人が群がったのはもはや過去のことかもしれない。

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『和のくつろぎ提案』

駅ビルレストラン街の中央に38席という日本茶の本格的喫茶がオープンした。
場所は八王子駅ビル、そごう百貨店の上層階にあたる。
経営しているのは首都圏に40店近くの製茶販売店チェーンを展開する丸山園だ。
「これまで駅ビルなどでお茶の小売りを中心に行ってきましたが、家庭での日本茶を飲む回数が減っています。おいしいお茶とはこういうものと知って頂き、日本茶のよさを再認識して頂く場の提供ができればと思いました」
店はレストランフロアの中心部。噴水のある水際に観葉植物の緑に囲まれゆったりと寛げるスペースだ。
日本茶だけでなくお茶受けのデザート類もあるが、今回とくにこの「一葉(かずは)」が用意したのが蜂蜜で漬けた紀州南高梅である。おおぶりの梅干しをデザートのように食べてもらおうというわけだ。
もちろん若い人にも来てもらいたい店だが、高齢化進む郊外地域だけに平日昼間は中高年夫婦の来店も多い。甘いものは苦手という男性にもこの梅のお茶うけなら歓迎されるかもしれない。
とかくファストフードチェーンに押されて、中高年でも寛げる喫茶店は押されがちだが、社会的ニーズは増すばかりだろう。
こうした大人の鑑賞にたえる店が求められていると思う。

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『地価下落に思う』

国土交通省が発表した2010年1月1日時点の公示地価は全国平均で前年比4.6%下落し、2年連続で前年を下回った。08年秋からの世界同時不況の影響が全国に広がり、下落率は前年の3.5%から拡大。
10年の公示地価は全国の住宅地が前年比4.2%、商業地が6.1%下落するなど、商業地の落ち込みが大きい。下落率が大きい10地点のうち9地点は新橋や銀座など東京都心の商業地だった。
住宅地は83年の水準。商業地は調査開始以来最低で、これまでのピークだった91年の3割以下にまで落ち込んだ。

とくに外資が日本から引き上げ、その分上海などにシフトしていることが都心商業地にとっては痛いという。私は逃げ足の早いそうした資本の流動に一喜一憂する必要はないと思う。彼らが金魚のフンのように、わっと来て、わっと去ってゆくことなどいまに始まったことではないからだ。
一時的に大騒ぎして都心一等地に進出する資本には、本当に採算がとれるのか怪しいものも多かった。一時的な投機熱にうなされて進出したものの、過熱時だけしか成り立たず、見込みはずれで撤退する連中には、少しも意外性は感じない。
銀座の並木通りやマロニエ通り、あるいは表参道のひと頃のブームのほうが「馬鹿だよなあ」というのが本当の感想で、そんな輩が撤退したから日本が衰亡するといった論調を書く新聞の方がよほど先見性がない。
もっとどっしりかまえていろ、と言いたい。

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『武蔵小杉駅開業』

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川崎市にある武蔵小杉駅は東急東横線とJR南武線の接続駅であった。
そこに3月13日横須賀線、湘南新宿ライン、成田エクスプレスも停車する駅ができ、これまでの駅と連絡デッキで行き来できるようにした。
もともと近くを走っていた路線だったのだから、新しいホームと駅付帯設備をつくるだけという最小の設備投資で、沿線の利便性を高める最大の効果が期待できることになった。
これにより武蔵小杉からJR利用で新宿や東京に20分かからないで行かれることになる。
首都圏と言えども市場拡大が容易でない時代に、単なる輸送業から生活産業へ転換をはかるJR東日本はこれまでにはない発想で駅をつくり、賑やかさを創出し、その空間に集う人々に消費を喚起するビジネスを提案している。
黙っていれば乗降客減少が予想される中で着々と手をうつしたたかさを象徴する新駅開業である。

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『西武有楽町店閉鎖』

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顧客の大半は女性、しかも丸の内。銀座のOLに絞り込んだ店作りをしていた有楽町の西武百貨店が閉鎖されることになった。
食品売り場を持たず、独身女性に夕方集中的にハンドバッグやブーツを買ってもらうという店作りが当たった時期もあったが、その年齢層が結婚や出産で職場を離れると長い期間にわたって顧客としてつなぎ止めることは難しい。
まして若い女性の非正規雇用が増え、可処分所得が減っているという時代状況では事業の将来性も疑問だった。
「百貨店」と言いながら事実上男性顧客をターゲットから外し、しかも百貨店ファンの中高年女性にあった品揃えも排除したのだから、これは戦略上の失敗だ。
若い女性が働いている日中、閑散としている売り場の効率の悪さは放置できないものがあった。
それにしても百貨店の縮小は目を覆うばかり。
地方の小型店の閉鎖に止まらず池袋三越、心斎橋そごうに有楽町西武と百貨店が強いはずの都心型もいよいよ危なくなってきた。
年内に噂されている二つの大きな統合話と離縁話はいよいよ詰めの段階に入ったようだ。
世間があっと驚く発表も近い。

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『武蔵小山商店街』

100111_120901久しぶりに武蔵小山商店街に行った。
都内最大級800メートルの長さのアーケード街が伸びる武蔵小山商店街は、かつて東洋一のアーケード街と呼ばれた。
丸ドーム型のアーケードはイタリアミラノをモデルにしている。
最初のアーケードができたのが1956年、雨でも濡れずに買い物ができる先進地だった。
現在も250の店が並び、空き店舗も少ない。
93年に導入したポイントカードは23万枚とすっかり定着した。
東急目黒線の駅前には昨年5月に広場が完成したばかりだ。
休日の昼間で家族連れなどで賑わっていたが、ただ気になる点もいくつかあった。
まず地元の店が減り、ナショナルチェーンの店の割合が増えたことだ。そして現在ある店にしても地元の個人の店のほうがあまり売れてないなという印象がある。
後継者問題もあるから今後さらに地元の店が減るようだと商店街のオリジナリティをどう保つかが課題となる。
また生鮮品を扱う店が減って、携帯電話の店や洋品店の割合が増えてきた。わざわざ遠くからやってくるという顧客を対象にしているわけではないから、やはり日常身近な商品を扱う店が多いほうがいいはずだ。
もちろんこうした問題は武蔵小山商店街だけの問題ではない。
社会の急激な変化の中で、アーケードという同じ屋根の下の商店といっても規模や経済力、業種に大きなばらつきがある中で、各店の意向を聞きながら全体の運営を行ってことは並大抵のことではないはずだ。
日々進化する武蔵小山商店街は全国的にみても相当頑張っていると感じた。

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『小よく生き残る知恵』

和歌山県にあるプラム食品という会社。
実にわかりやすい会社名だ。
南幸梅で知られる日本一の梅の産地だから、さぞや梅干しをたくさんつくっているのだろうと、名前から多くの人は連想するはずだ。
しかし、である。
実はこの会社ほとんど梅干しとは縁がないのだ。
梅を原料にしたジュースや菓子などをつくっている。
長井保夫社長は次のように会社を説明する。「うちは自社ブランドの商品も出してはいますが、広告宣伝費を大量に投入しまた全国に営業網を広げる大手メーカーとまともに戦っても勝ち目はありません。うちの商品はそれ自体一種のショールームのようなものです。和歌山の梅の会社がこんなジュースを作っているぞ、と大手企業さんに知らせる意味があります。大手の飲料メーカーは自社の自販機の品揃えをすべて独力ではまかなえないからウメを使った飲料を作ってくれる会社を探していたりします。そんな会社の目にうちがとまってくれれば、生産委託の仕事を頂けるわけです」
確かに日本は世界有数の多品種飲料が毎年登場しては消えてゆく国だ。地方の中小企業が資本力とマンパワーで圧倒的な差がある大手企業と販売競争をしても勝ち目はない。プラム食品はウメに絞り込んだ商品開発力を武器に、大企業と争うのではなくうまく彼らの商品構成の一翼を担うことで生き残りをはかっているわけだ。

一方でプラム食品がいま力を入れていることに地方の活性化がある。
プラム食品が立地する和歌山県南部を流れる富田川の地域の特産物や、うまいものをスタッフが取材して「富美の里」と名付けホームページで紹介、オンラインショッピングを展開しはじめた。味噌に醤油、おかきにさんま寿司など地元の目線で発掘し紹介している。
「単なる商品の紹介ではなく地域の文化や歴史まで掘り下げいつかあそこに行ってみたいと思っていただけるような地域発信をしたい」と長井さんは語る。
地元の商工会長も勤める長井さんが売りたいものはなによりふるさとなのだ。

地元名産の梅にこだわり地元の若者を採用し、いかに付加価値をつけて売ってゆくか。
地域を大切にする会社が日本を支えている。

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『鹿千頭が牽引する会社』

島原湾と雲仙岳を望む斜面を鹿たちが駆け回る。
その数、千頭、群れをなして駆ける姿は壮観だ。
その名もディアー・カンパニーという会社がここにある。
鹿を成育し袋角の成分から健康食品の原料を抽出している。
「オスの鹿は春にかけて一日2~3センチの割で角が伸びます。身体中の栄養分が角に集まるこの時期に角を切り乾燥・抽出して健康食品をつくり通信販売や百貨店などの催事で販売しています」と八木紀子副社長は語る。
もともと獣医でもあった八木さんの父親はこの地で牛を飼っていたが、輸入自由化による牛肉価格の下落を予期して30年ほど前に鹿の飼育に転換した。以来鹿の増加とともに牧場の拡大を進め現在は24ヘクタール、東京ドーム5個分の広大な土地にアカシカ、エルクシカという大型の鹿を中心に千頭飼うまでになった。
「自然交配でここまで増えました。鹿の天敵はカラスです。出産の近い鹿を空から狙い生まれたばかりの子鹿を襲います。だから私も有害鳥獣駆除の猟銃使用許可をもらい鉄砲で追い払っていますがなにしろ放牧地が広くひと苦労です」
さらにディアカンパニーは数年前から鹿肉をレストランなどに販売している。
「北海道などでは有害獸駆除の目的で捕獲した鹿肉を食べる例はありますが、産業として牧場で大量に鹿を飼う例は日本では多くありません。地元雲仙のホテルでは鹿肉の角煮などのメニュー開発をしてメニューに入れてくれています。将来は牧場見学も加えて地域の観光資源として役立てられないかとも考えています」
実際に角煮を食べてみたが、脂っこさがなくお年寄りにも食べやすいのではと感じた。

島原半島は普賢岳の噴火以来観光客が減少してしまい、湯布院や黒川といった九州のほかの観光地に人気を奪われている。
それだけに雲仙岳を臨む牧場に遊ぶ鹿の群れをあらたな観光資源にできないかという地元の期待は大きい。
故郷のために役立てたいという八木さんは意欲にあふれている。

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